イメクラはお好きですか?

「左近!」
屋敷に響いた三成の楽しげな声に、左近は振り向くと見せかけて左斜め前方向にダッシュをかけた。
「とうっ!」
そこを、兼続の護符で動きを封じられる。
「何故逃げる、左近」
「そういう声を出す時は、殿が碌な事を考えていない時で……」
三成に足蹴にされながら、左近は首を捻じ曲げて三成の方向を見た。
「ムリムリムリ、やっぱ無理。俺は今、鳥肌立ってます」
「感動にか?」
「おぞましさにですよ!」
そう言う三成は、和装を着ていた。一見普段と変わらないように見えるが、白い長着に赤い袴。いわゆる『巫女服』である。
それはまだいい。問題は、その後ろに控える幸村と兼続である。
幸村はセーラー服。兼続はいつの間に着替えたのか、婦警の格好をしている。
無論、戦国の世を生きる左近に、その服装に対する知識はない。しかし、ミニスカートから覗く、すんなりと伸びた男らしい筋肉質な太股×二人分を見ているだけで目眩がしてくる。
「なんなんですか、一体」
「これは兼続が持ってきた服装だ。なんでも、房中術に使う服だそうだ。」
「あああ、やっぱりその手の意味不明な厄介事は兼続さんが元凶なんですね」
「そうだ、私だ!」
胸を張って兼続が言い放つ。恥という物が感じられない。むしろ誇らしげな様子に、左近はこめかみを押さえた。
「それで……この左近になにか御用命でも……いややっぱ聞きたくないです」
またもや逃げようとする左近を、幸村ががっしりと押さえ込む。
「真田の(夜の)戦、此処に見よ!」
「流石だ、幸村」
「助けて!誰か!」
悲鳴をあげる左近だが、悲しいかな、その声に救いの手が差し伸べられる事はなく。
「さて、三成。なにを着せる?」
「最初はこの『メイド服』とやらがいいな」
三成が両手で持ち上げた、なにやらひらひらした南蛮風の着物に、左近は絶望の視線を向けた。

「可愛い……」
うっとりと呟く三成とは対照的に、兼続と幸村は微妙な顔をしている。
「可愛いか?」
「いえ……某、愚鈍にて理解できかねません」
三成に聴こえないようにこそこそと話す二人の前で、三成は感動に打ち震えていた。
「左近。流石、俺の見込んだ男だ。見事にメイド服を着こなしている」
「あ~そうですか。そりゃよかったです」
投げやりな言葉の左近。その身は、寸法ぴったりの紺色の清楚なメイド服に包まれている。上着とスカートは飾り気がないながらも、純白のエプロンドレスはフリルがふんだんに使われていて、豪奢な物である。左近の大柄な体格と合わさって、一種、異様な威圧感が醸し出されていた。
「で、この格好で一体なにをするんですかい?」
「兼続からのまた聞きだが、『イメージプレイ』という物をするらしい。大人のなりきりごっこ遊びだな。勿論、夜の」
「やっぱ脱ぎます」
「待て左近。俺に抱かれたくて逸る気持ちはよく分かるが、これは着衣のまま遊ぶ大人の遊戯だ。お前の鍛え抜かれた肉体を貪りたいのは俺も同じ気持ちだが、たまには焦らすのも悪くない」
「違います。全体的に違います」
「兼続と幸村で見本を見せよう」
左近の言う事など一言も聞かず、三成は続ける。
「幸村は『セーラー服』、つまりは女人の学生。兼続は『婦警』、女人の邏卒だな」
「なんで二人とも女装なのか訊いていいですか?」
左近の突っ込みに、兼続は笑顔で答える。
「いやなに。これを私にくれた左慈殿が、女性用しか持ち合わせていなかったそうでな。どうやら、この遊戯は女性用衣類を使うのが一般的らしい。しかし今度は、男性用の『詰襟学ラン』と『制服警官』を用意してきてくれるそうなので楽しみだ」
「……」
『もう駄目だ』と左近は思った。
「で、肝心のイメージプレイだが。

女学生の幸村は、罪を犯した。罪状は……そうだな、万引きだ。それを、婦警の兼続に見つかった。
『何故、こんな事をする?』
そう兼続は厳しい口調で言い、問い詰める。
『……寂しかったんです』
ぽつり、とそう言った幸村。兼続は『なにか深い理由がありそうだ』と、情に絆され、訳を聞き始める。
『私、本当は父が、今の母とは違う女性に産ませた子で……それが理由で、母は私に辛く当たるんです。ご飯が、私の分だけない時もありました。酷い罵言を吐かれた事もあります。暴力を振るわれた事も、ありました。でも、父も、姉弟も、家族は皆、見て見ぬ振りをしていて。私、もう誰に頼っていいか、どうしていいか分からなくなって……だから、誰かに聞いて欲しくって、それで、警察の方なら聞いてくれると思って』
ぽろぽろと泣き始める幸村に、兼続は同情の目を向ける。
『なるほど……しかし、こんな事をするなんて馬鹿だな。私なら、いつでも聞いてやるし、頼りにしていいのに』
そう言いながら、兼続の手は幸村のスカートの裾へと侵入していた。
『な、なにをするんですか!?』
『寂しいのだろう?私が慰めてやろう』
『こんな事をして、大声を出しますよ!』
『すればいい。お前の罪もばれるがな』
『……』
『黙っていれば、私もお前の罪を見逃してやる。それに』
にやりと笑みを浮かべた兼続は、手を奥へと滑らせた。
『誰かに縋りたい。そうだろう?私なら、その縋る手を振り払ったりはしない』
それは、確かにそうだった。
『大人しく縋りつけばいい。全て私のせいにして』
幸村は自らの招いた状況に、絶望の眼差しで天井を仰いだ。これから行われる行為に、後悔と期待を混ぜながらも、拒絶できない自分を認識していた。
兼続の手は、あくまでも温かく優しく、幸村を愛撫してくれたから。その温かさを、手放す事なんて幸村にはできない。
『ほう。もう、こんなになっているじゃないか』
『厭ぁ……』
幸村は首を振るが、身体は快感に打ち震えていた。
『良い子だ、幸村』
初めて掛けられた甘い言葉に、幸村は先程とは違う涙を流した。温かい、涙だった。
そして二人は、蜜の滴る快楽に溺れていくのだった。

こんな感じかな」
さらりととんでもない発言をした主を見て、『限界だ』と左近は心底思った。
「三成殿。今日も妄想が冴え渡ってますね!素敵なお話でした!」
「ちょ、待て三成!私はそんな事言わない!他人の弱みに付け込んで押し倒す事などしない!不義!」
「ふん、勘違いするな。この後、女役は兼続だ。お前は快楽に身を投じた幸村に押し倒されて、幸村の思う存分身体を堪能されて善がりまくってあんあん喘いで、身も心も年下の女学生に溺れる役だ」
「ですよね~」
「更に不義!」
左近は、三人の会話に耳を塞いだ。もうなにも聞きたくはなかった。
そんな左近の耳元で、大声を張り上げて話しかける三成。
「で、俺とお前のシチュエーションだが。お前はメイド、召使の侍女。俺は巫女という事で進める。

左近は神社へと詣でていた。百度参りだ。理由は、左近の主(注・俺)が、病に倒れたためだ。
心の底から敬愛し、密かに恋焦がれていた主の危機に、左近は自分に出来る精一杯の事をしようとしていた。しかし、非力でか弱い左近には、神頼みくらいしかできる事はなかった。
裸足の足が、石畳を踏む。擦り切れて血が滲む足を引き摺り、それでも前に進む。
『このくらいの痛み、今も苦しんでいる主(注・格好良い俺)に比べたら……』
と。
そんないじらしくて健気で可愛い左近に心打たれた神が、左近へと声を掛けた。
『お前の願いは聞き届けた。叶えてやろう』
『ほ、本当ですか!?』
『本当だ。しかし、代わりに供物をいただこう』
『供物?一体なにを……』
『お前だ。俺は人身御供を所望する』
『え!?』
神の言葉に、ほんの少し戸惑った左近だったが、それは一瞬の事だった。左近は頷いた。
『構いません。俺の身で、あの方が救えるなら』
『よかろう。では供物をいただこう』
そんな声がしたと思うと、そこには病床に伏せているはずの敬愛する主(注・美形な俺)が、巫女の姿で立っていた。
ただ、左近が見たこともないような、異様な雰囲気に包まれている。それ、が薄く笑った。笑顔の癖に、感情の感じられない表情だった。
『ああ、これが神なのだ』
と、左近はすぐに悟った。
『な、何故その姿をしているんです』
『お前の心を読んだ。さあ、来い』
巫女が差し出す手に、左近の身体は戦慄いた。金縛りにあったように、動く事ができないでいる。
『こうして欲しかったのだろう?』
巫女の手が、左近の頤を持ち上げ、口付けた。
『そうだ……俺は、ずっとこうしたかったんだ……あの人と』
しかし、それは主(以下略)ではない。別の者だ。違和感と嫌悪感が心を過ぎる。それでも、愛しい人の姿を見て、身体は素直に昂った。
巫女は笑みを深くした。その左近の揺れる感情と心、それが神の求める供物だったからだ。心が壊れる程の絶望感と絶頂を、神は望んでいた。
そして、左近の身体と心を蹂躙する、明けぬ事のない暗い夜が始まる。

大体こんな感じだ。どうだ、燃えるだろう」
「やだもうこの主!」
ぱちぱちと、幸村が素直に拍手する。
「幸村。どうだ、俺の設定は?」
「え~と『左近殿がぼろきれの様になる楽しいお話』という事だけは把握できました」
幸村は、あまり話を聴いてなかったらしい。
兼続はそんな三成を無視してナース服に着替え直している。どうやら、先ほどの三成の妄想がお気に召さなかった様だ。
「なんだ、兼続は女学生×ナースが好みか」
それを見咎めた三成が、手を顎に当てて思案し始めた。
「そうだな……それでは、まず幸村は友人の見舞いに訪れる女学生で」
「もういい!いいから」
悲鳴をあげる兼続。
「続けてください、三成殿!」
きらきらとした瞳で三成を見つめる幸村。
それに気をよくして、耳を塞いだ兼続の耳元で、延々『女学生幸村×ナース兼続』の出会いと濡れ場の妄想を垂れ流す三成。
その光景に、兼続は自業自得だと思いながらも、ちょっとだけ同情した左近だった。
『せめて三成の妄想が現実とならないように』
と兼続のために祈りながら、兼続を囲んでいる二人の目を盗んで逃げ出した。

その後、屋敷の裏手で、南蛮の衣服を焚き火に放り込む半裸の左近が目撃された。
その背後から近づく、派手な遊女風の着物と犬耳カチューシャと首輪を持った三成の姿も目撃されていた。 左近のその後は、知られていない。

39成様より戴きました

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